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雨の日に思う

2011/05/24 16:02

昨日、今日とすごい雨でした。
もう、気持ち的にも、のんびりしてね♪モードなので、昔大好きだったドラマERのビデオ鑑賞をしていました。(→以前の記事

何度も何度もみたのに、何度見ても面白い(*´ω`*)。
グリーン先生(アンソニー・エドワーズ)がやっぱりいいです。『トップガン』で主演のトム・クルーズの親友役をした俳優さんですが、きっと若いお母さん方には、わからない映画‥なのかもしれません( *´艸`)♪。


私には病気なんて無縁と思っていました。
自然の中で子供時代に元気に野山を駆けまわっていたせいか、体力もあり、スポーツもなんでも適当にこなせる自信もありました。元気すぎて左腕を2回折ったくらいです…ヾ(・_・;)‥。

ERをよく見てた私は、CT検査とかMRIとか耳なじみになっていましたが、30代半ばで病気になってから、それらERで出てくる検査をだいたい受けてきました。医療技術のすごさに驚き、その検査を受けてる自分に驚いたものです。

手術を受けて、めざましい回復をとげ、早過ぎる退院だったのでしょう、家に帰って翌々日から、高熱が出ました。すぐ病院に行き、私には4人の担当医師がいましたが、その一人の先生に
「腰椎穿刺(ようついせんしゅ)をしましょう。」
と言われ、焦りました((((;゚Д゚))))。背中を先生に向け、背骨に注射し、髄液をとって、感染症がないかを調べる検査です。

ERで、何度も見たことのある腰椎穿刺。その手技をみてるだけで、
「うわぁ患者さん痛そう…」
なんて人事のようにドラマの中の患者さんに同情してましたが、それが自分の身にまさかふりかかると思ってなかったので、気持ちを平静に保つことにその時は集中しました。

ERを夢中になって見たのも、ここにつながっていたのかもしれませんね( *´艸`)ププ♪。結果は異常なしだったので、そのまま自宅に戻り3日ほど休んでいたら熱は下がっていきました。退院した翌日に、お見舞いに来ていただいた人たちへの内祝いを買いにデパートに行ったりしたのが、いけなかったのでしょう。自分の元気を過信して、退院後すぐ動き回ったりしたらダメですね(*´・ェ・a)。


このブログを書いてるたった今も流れているERで、C型肝炎になったドクターアシスタントのジェニーが友に話してる台詞が聞こえてきました。
「C型肝炎になった時はなんで自分が?なんで私にばかり?と、不運を恨み続けた。でも、しばらくしてわかった。これは神に与えられた試練。大事なのは、自分に何が起こったかじゃなくて、それにどう立ち向かうかなの。その道は自分自身で選ぶのよ。自分のために起きたことなの。」

彼女は病気になって苦悩し続けますが、ようやくこの台詞が出るまでに自分を持っていき、素敵な笑顔で話しています(*・ ・*)。
今の私には、彼女のこの言葉がとてもよく理解できます。


今日は久しぶりに見ていたERで、また病気のことに触れてしまいました。短い記事にしようと思ったのに、また長くなっちゃってすみません。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

ぁ、そうそう、余談ですが、グリーン先生演じるアンソニー・エドワーズにも、4人の子供がいるそうです。

そして、

私も子供の時、左腕を2回骨折したと書きましたが、次女のいちごは、左足を2回骨折したことがあります。ほんとに……田んぼに落ちた長女りんごといい、骨折した回数まで同じ次女いちごといい、親子って似るのですね…こんなとこまで似なくていいのに……ねヾ(--;)なんてことを、雨の日に思った今日でした。




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病気  | コメント : 6

嬉しい一歩

2011/03/15 19:32

「じゃあ、またね。」

病棟1階フロアの、自動ドアをはさんだ外と中。ドアの向こう側に行けない私は、囚われの身のような気持ちで、外にいる主人や子供たちに向かって笑顔で手を振っていました(*・ω・*)ノ~~~♪。(本当は、高い塔に閉じ込められたお姫様と書きたかったけど、それは私の年齢的に、読まれた方が不愉快になると思ったのでこんな表現にしました!|||・ω・*)ーーー。)

大学病院は家から距離があったので、毎週土日だけ、主人が子供たちを連れて来てくれました。逢うたびに様子の違う私に子供たちはそれぞれに思うこともあったと思います。わずかな時間でしたが、とてもとても幸せな一時でした。

主人は、私が入院したその翌日からは、職場までを車通勤すると言いました。病院の位置が、家から職場までの間の少し家側よりですが、その通り道にあったからです。1時間以上もかかる車通勤を私は心配しましたが、譲らない主人に事故だけはあいませんようにと祈りつつ、それでも毎日訪れてくれる時間になると、そわそわと待ってる私がいました。入院した翌日から、退院まで主人は1日も欠かさず来てくれました(*p_q*)。

みんなを、主人を、ドアの手前の同じ位置から見送りながら、入ってくる新鮮な風を体にうけ、私も早くこのドアから外に出たいといつもいつも思っていました。そして姿が見えなくなると自分の病室へ戻るためのエレベーターに一人寂しく向かっていました。

入院中には、素敵な出会いがたくさんありました。病院のスタッフのみなさんによくして頂いたことは 『教授回診』 でも書きましたが、私と同じ病歴の患者さんたちとも老若男女限らずとても素敵な出会いがありました。それは 『宝持ち』 にも書いています。それから、検査以外のありあまる時間に読んだ本たち。普段の生活では自分の時間なんてなかなかとれなかったので、入院したらいっぱい本を読みたいと思っていました。持っていった本も読んで、主人に持ってきてもらう本も追いつかず、病棟の待合室にある本もかたっぱしから読んでいきました。そこには到底自分では選ばないだろうという本もあり、心に残る本とも出会いました。

私が家を留守にしてる間は、子供たちの世話を含め家事の全てを義母が担ってくれました。その方が長い留守の間、主人にとっては気楽じゃないかと思ったからです。快く引き受けてくれたお義母さんには感謝の気持ちでいっぱいです。本当に大変だったと思います。また、お義母さんが来ることで、今は亡きお義父さんにもその間不便をかけたことと思います。本当に迷惑をかけてしまいました。・゚(´pωq`)゚・。。

それから手術の日、麻酔から覚めて、家族とのわずかな面談時間に、まさかの、母や姉夫婦、親戚の人たちが来てくれてたことに驚きました。遠いところをわざわざ来てくれ、長い時間を待合室で私のために祈ってくれてたのかと思うと、胸がつまる思いでした。そして距離のある病院まで何度も何度も足を運んでくれた友人たち、今思い出してもこの時の感謝の気持ちはまだ返しきれてないような気がしてなりません。


術後の経過はとてもよく、それは誰もが驚くほどの早い回復で、手術後1ヶ月も経たずに退院の許可がでました。

退院の日、ず~と傍にいてくれたインターンの女の先生と手をとりあって涙の別れをしました。その時の彼女の一言が今でも思い出されます。

「待ってる人がお家にいると、回復が早いですね。」

先生や、病院スタッフのみなさんに挨拶をし、主人と一緒に1階に下り、見送りの時いつも憧れて見ていたドアの向こう側に足を一歩踏み出した時、

「ぁ~やっと外に出れた。嬉しい♪。」

私は新しく再生した自分を感じました。主人もそんな私を見て笑っていました。




またふと何かを思い出して書くこともあるかとは思いますが、『病気』を書くことをとりあえず終わりにしたかったので、前記事に続けて一気に書きあげちゃいました(*/∇\*)♪。


          ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今日、買い物に行きました。こちらは、いつもとかわらない風景がそこにありました。

家に戻り、重い買い物袋を両手に持ち、ふと見ると玄関脇の花壇には春の花が咲いていました。

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寒い寒いと思っていたけど、花壇には春がきています♪。




東北にも、早く春がきますように……。

病気  | コメント : 6

手術の朝

2011/03/14 01:19

突然くるその痛みに、私はいつも怯えていました。

最初の病院では死ぬまで付き合っていかないといけない病気と言われ、私は日々強くなるこの痛みに、これから先耐えて生きていけるだろうかと自信がありませんでした。我慢できているのは私を必要としている4人の小さな子供たちがいるから…、そして、子供たちはどんな強い痛み止めよりも、痛みを忘れさせてくれる存在でした。

それが、もはや薬でおさえられなくなってきてると自覚した時、すがる気持ちで2番目の大学病院へと主人に連れて行ってもらい、そこで、手術すれば治ると言われたとき、信じられませんでした。目の前に将来への光がみえたようでした。。・゚(´pωq`)゚・。。

私は手術の日が待ち遠しくて仕方ありませんでした。今なら、それを知ったことで尻込みしそうな術前検査も平気で受けれました。手術したら、痛みのない生活に戻れる。また、病気なんて無縁だった健康だけが取り柄の自分に戻れると思っただけでとてもワクワクしました。

もしもの時のために、大人になった子供たちに読んでもらうため手紙も書きました。準備は万端です♪。


そして待ちに待った手術の朝。

主人は朝早くから来てくれていました。

「やっとこの日が来た。嬉しい♪。」
主人と笑顔で会話ができる自分をたくましいと思いました。

入院したその日からいつも寄り添って温かく励ましてくれてたインターンの女の先生も病室に来てくれました。
そして、背中が全開の頼りないくらいの薄い術衣を素肌にまとい、私は、ストレッチャーに横になりました。

時間が来て、主人に

「じゃ、行ってくるね。」
と笑顔で小さく手を振り、主人も笑顔で送り出してくれました。

病室を出て、手術室までの流れていく天井を見ながら、突然涙が溢れてきました。

ぇ!?

人前では泣かない私が、大粒の涙を滝のように流しています。目の両方に流れていく涙の温度も速さも感じました。どこからか持ってきたテッシュで、インターンの彼女が涙を拭いてくれました。拭いても拭いても次から次へと溢れる涙をず~とふいてくれました。

濡れたテッシュが彼女の白衣のポケットをいっぱいにしてるのを見たとき、ようやく私は

「おかしいな……私、手術とても楽しみにしてたんです。なんでこんなに涙が出るんだろう…。」

私は精一杯の笑顔で話しているはずなのに、その言葉たちは涙のせいで途切れ途切れでした。

彼女は、

うん、大丈夫ですよ。」
と言い、優しく微笑みながら涙をふき続けてくれました。

手術室まで数分ですが、とてもとても長く感じました。

涙の止まらない私のすぐ横で、麻酔科の先生が声をかけながら左手の甲に血管注射をいれ、マスクのようなものが口にあてがわれて、意識が遠のくその時に、私は知ったのです。

私は、本当は、心の底から手術に怯えていたのだと……。 
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今、痛みや苦しみそして不安な日々をおくっている人々が、怯えるこのとない日常が1日でも早く来ますようにと、心から願い、祈ります。

東北地方太平洋沖地震により被災された皆様、そのご家族の方々に対し、心よりお見舞い申し上げます。

病気  | コメント : 7

教授回診

2011/03/09 08:28

「教授回診の時間です。」

病棟に放送が流れました。ん?。聞いたことあるぞ?。と思いました。『白い巨塔』というドラマを見たことはないけど、その番組のCMで流れてたのを見たことがあり、そのとても印象的な絵に別世界を感じました。


私は以前記事にもしましたが、7年前に大学病院で手術のため入院しました。

その放送が流れると患者さんはそれぞれのベットに戻り、病棟全体になんとなく緊張の空気が流れました。それは毎週金曜日の午前中行われていました。

4人いる私達の部屋に入ってきた集団は、まさしく『白い巨塔』のCMそのものの絵でした(;゚д゚)ゴクリ…。初めてのことで、私はベットの上で緊張して座っていました。

教授を中心にして回りにはたくさんの先生方がおられました。私には助教授の先生が主治医でその他に3人の担当医師がおられました。そのうちの一人の若い先生が、私の病歴を教授の耳元で小声で話されました。

「うんうん。」と聞いてる教授の顔はとても真剣で、私にはとても怖い先生に見えました。

説明を聴き終わった後、教授は私に

「痛み止めはどれくらい飲んでたの?」と聞かれたので「4錠です。」と答えました。

私の飲んでた痛み止めは、かなり強い痛み止めで、1日3錠以上は飲んではいけないと言われていました。

「(;゚Д゚)エエー。それは、よほど辛かったね。続けていたら肝機能障害をおこすところだったよ。手術して元気になりましょう。」

とても、穏やかな表情をむけられ、先ほどの怖そうという印象はいっぺんに消えました。


そして手術をし、ICUから病棟に戻ってきた最初の教授回診では、私の主治医が教授に説明をされていました。そして、私を穏やかに見て、

「どうですか?。痛みはないですか?。」

「痛くありません。」と、笑顔で返しました。

「ぉお!。それはよかった♪。」

私は教授がその場で跳ねたように見えました。そしてもう1度

「ここが、おかしいというところはないですか?」と聞かれたので、

「痛みが消えただけで、他はなんともありません(*^-^*)。」

「わぁ、大成功だね。本当によかった。」

満面の笑顔を私に見せてくれ、本気で喜んでくれてる様子がとてもとても嬉しかったです。回りの先生方も、笑顔でした。

私はとても幸せな気持ちになり

「はい。ありがとうございます。」

と、笑顔で返しました。

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私は、医者という職業に「様」がつく意味を知りました。私にとって、痛みをとってくれた担当の先生方は、神様です。そして、入院中お世話して頂いた看護師さんたちは天使に見えました。

そして、1ヶ月余りの入院生活は、読書三昧の私を、優しく見守ってくれる担当の先生方、看護師さんたち、看護助手のみなさん、時間ができると遊びに来てくれた医学生の竜也君のお陰で、とても楽しく、とても幸せな入院生活でした。




病気  | コメント : 5

夢中になったもの

2011/02/01 09:32

私が育児期間に夢中になったものは、ドラマ「ER緊急救命室」

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どんなに忙しくても、当時はビデオ録画も欠かさずにみていました。

画像右のジョージクルーニーは、このドラマが出世作です。有名な話ですよね。とても魅力的な小児科医を演じていました。

私が一番好きだった役は、左画像一番前にいるスタッフドクターのマーク・グリーン(アンソニー・エドワーズ)です。彼のセリフに何度ハッとすることがあったでしょう。心に響く言葉に学ばされたことも多かったです。

このマーク・グリーン先生がドラマから消えた時に、私のERも終わっちゃったんですけどね。


私はある時から、身体が痛む病気になりました。まだここに書く勇気がないので、こういう表現で許してもらいたいのですが、その時に、誰もが知っている病院に通っていて、そこの先生に痛みがいよいよひどいことを訴えた時、その先生は

「あんずさんより、もっと痛い人がたくさんいるんだからね。」

と言われ、だから我慢するんだよと言う意味だとわかっていても、この痛みがわかってもらえないことが辛く、痛みの大きさが人によって違うだけに、どう表現したらいいかわからずもどかしく感じていました。

私はどちらかと言えば痛みに強い方だと思います。強くないけど、騒ぎ立てない方だと思います。その消極的な表現が先生にそう言わせてしまったのかもしれません。大きく有名な病院だし、ず~とお世話になってきた先生だし、その先生を信じていたので通い続けたのですが、この一言で私は、主人に大学病院に連れて行って欲しいとお願いしてしまいました。そんなことを言う私に普通でないことを感じたた主人は、すぐに休みをとり、連れて行ってくれました。

そして、大学病院の方で診察を受けて、それまでの診断が誤診であることがわかり、すぐに手術を受けることになり、痛みに耐えていた生活から一変、元気なだけの生活にもどることができました。セカンドオピニオン大事ですヾ(・_・;)‥。

ERの中で、

「痛みを1段階から10段階にして、10が耐えられない痛みとしたら、今の痛みはどれくらいですか?」

というセリフがあり、ぉお!、これだ!と思いました。

あの時、このセリフを知ってたら、言ってもらったら、間違いなく「10です。」と答えていました。
                      





病気  | コメント : 8

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