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埋められない距離

2011/02/08 09:16

なんででしょう?。今朝、思い出したくない記憶がふと蘇りました。ぁー今日の記事はこれにしなさぃってことなのかなと思い、今PC前に座っています。

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小1のいちごは、学校に行くのがとても楽しそうでした。帰宅したら、お友達と家を交互に行き来して、お友達との関係も良好で楽しそうな毎日でしたので、いちごに関してはなんの心配もしていませんでした。1学期は何事もなくすぎ、2学期になり、風邪が流行りだした頃、いちごも風邪をひきで熱がでたので3日ほど学校を休みました。休んだ初日、担任の先生からお電話をもらいました。てっきり心配されてるとの電話だと思ったのですが、先生はいきなり

「本当に風邪ですか?。」

と言いました。担任の先生は50歳前くらいの学年主任で女性の先生でした。

耳を疑いました。そうですと言うと、

「ちゃんと夜寝させていますか?。」

今は風邪ひきでずっと寝させていますが、普段は、21時にはベットに入るようにしています、と言うと

「お兄ちゃん今学校来られていませんよね。休みだすと癖になりますからね。」

ぁーだからかと思いました。ゆずがその年の1学期から学校が行けなくなってました。

私は先生に
「兄は確かに今学校に行けていませんが、兄といちごは違います。別に考えてもらえないでしょうか?。」

と努めて明るく言葉には配慮したつもりで電話を終えました。

風邪が治って登校し、帰ってきたいちごが言いました。
「今日はしんどくて、お昼休み外に行かなかったら、先生から昼休みが終わるまで漢字の書き取りしなさいって言われてず~と漢字のかきとりしてた。その間席も立ったらいけないと言われて辛かった。」

「・・・・・。」

それからの、時々もらす小1のいちごの言葉に、胸が痛む時がありましたが、先生の方には何も言いませんでした。先生に向けて親の私が何かを言って、お互いに不愉快になった時、その後も続く学校生活において1番辛い思いをするのは、誰でもないいちごだと思ったからです。でも、その日が来たのです。

2学期の個別懇談。明るくいつもお世話になっております、と言って座った私に先生は、椅子の背に体を預ける格好で、腕を組み開口1番

「私は、いちごさんを、よう見ません。」

(ぇ?)耳を疑いました。びっくりしてる私に先生は、

「いちごさんを、私はどうあつかっていいかわかりません。」

私は
「ちょっと待って下さい。先生は学年主任をされていて、これまでたくさんのお子さんを見てこられていますよね。」

先生は
「いちごさんは、泣くんです。B子ちゃんに同じことを言ってもケロっとしてるのに、いちごさんは泣くんですよ。私は、もう、よう見ません。」

よう見ませんの繰り返し……私は
「先生、私はいちごが他のお子さんと比べ劣ってると思ったことは1度もありませんが、それは親のよく目なのかもしれません。もし、先生の言われるようにいちごがどうしようもない子だったとしても、学年主任までされてる先生が言う言葉でしょうか?。ご両親と協力しあって、いちごさんを一緒にみていきましょう。くらいの言葉があってもいいんじゃないかと思います。」

最後の方は涙で声が震えていました。

「もう、ようみないんですよ。」

ようみないの繰り返し……まだ3学期が残ってるし゚+.(*´pωq`)゚+.

短い沈黙の後に私は
「わかりました。私も先生が担任だということを諦めます。先生も諦めて下さい。まだ3学期があるので、私も可愛いいちごを、ようみないと言われる先生の元に登校させるのが、とても辛いですが仕方ありません。先生も我慢して年度末まで諦めて下さい。」

そう言って席を立ちました。家に帰る途中、声を出さずに泣くのが精一杯でした。ようみない と言う先生の言葉がわかりませんでした。いちごはとても明るい子で、人に迷惑をかけるような子でもなく、大人の言葉を素直に聞ける子でしたから、先生からの泣くからようみないというまさかの言葉にとても動揺しました。

今思うと、私もまだまだ若かったな~と思います。今ならもうちょっと言い方を変えてうまく流せてたと思いますが、その時は、そう言っちゃったんですよね…(´・ω・`;)。

翌日から、いちごを登校させるのが、辛かったです。ようみない と言う先生の元に向かわせないといけない残酷な現実。だけど、いちごの方がもっと辛いに決まってる、と思うと、先生に向けて最後に言った言葉をとても後悔しました。ですが、その後は何事もなく(あったのかもしれませんが)、その学年を終えることができました。長い3ヶ月でした。小1の時だけで、その後のいちごは褒められることはあっても、ようみないと言った先生はひとりもいませんでした。

親も子どもも、担任になる先生を選べません。担任になる先生方も、親と子供たちを選べません。相性というものが、どう努力しても埋められない距離を作ってしまうこともあるかと思います。ですが、社会にでたとき、あわない人がいても、私あの人あわないからといって、お付き合いを放棄するわけにはいきません。あわない人であっても、その人を理解しようとする気持ちをもって、折り合いをつけながらつきあっていくという術を子供の頃から教える場所が、学校でもあると思うのです。
そして、お互いに、どう努力しても埋められない相性の場合でも、そこは学校。先生と親が、協力し合い、子供を教え育む場所だと思うのです。

その先生に、14歳の時に書いたいちごの作文を読んでもらいたいです。

       あなたが「ようみない」と言った生徒の書いた作文です と……。





この記事、投稿しようか悩んでる私がいます。ですが、勇気を出してえぃっ!゚.+(〃ノωノ)゚.+°。

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