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手術の朝

2011/03/14 01:19

突然くるその痛みに、私はいつも怯えていました。

最初の病院では死ぬまで付き合っていかないといけない病気と言われ、私は日々強くなるこの痛みに、これから先耐えて生きていけるだろうかと自信がありませんでした。我慢できているのは私を必要としている4人の小さな子供たちがいるから…、そして、子供たちはどんな強い痛み止めよりも、痛みを忘れさせてくれる存在でした。

それが、もはや薬でおさえられなくなってきてると自覚した時、すがる気持ちで2番目の大学病院へと主人に連れて行ってもらい、そこで、手術すれば治ると言われたとき、信じられませんでした。目の前に将来への光がみえたようでした。。・゚(´pωq`)゚・。。

私は手術の日が待ち遠しくて仕方ありませんでした。今なら、それを知ったことで尻込みしそうな術前検査も平気で受けれました。手術したら、痛みのない生活に戻れる。また、病気なんて無縁だった健康だけが取り柄の自分に戻れると思っただけでとてもワクワクしました。

もしもの時のために、大人になった子供たちに読んでもらうため手紙も書きました。準備は万端です♪。


そして待ちに待った手術の朝。

主人は朝早くから来てくれていました。

「やっとこの日が来た。嬉しい♪。」
主人と笑顔で会話ができる自分をたくましいと思いました。

入院したその日からいつも寄り添って温かく励ましてくれてたインターンの女の先生も病室に来てくれました。
そして、背中が全開の頼りないくらいの薄い術衣を素肌にまとい、私は、ストレッチャーに横になりました。

時間が来て、主人に

「じゃ、行ってくるね。」
と笑顔で小さく手を振り、主人も笑顔で送り出してくれました。

病室を出て、手術室までの流れていく天井を見ながら、突然涙が溢れてきました。

ぇ!?

人前では泣かない私が、大粒の涙を滝のように流しています。目の両方に流れていく涙の温度も速さも感じました。どこからか持ってきたテッシュで、インターンの彼女が涙を拭いてくれました。拭いても拭いても次から次へと溢れる涙をず~とふいてくれました。

濡れたテッシュが彼女の白衣のポケットをいっぱいにしてるのを見たとき、ようやく私は

「おかしいな……私、手術とても楽しみにしてたんです。なんでこんなに涙が出るんだろう…。」

私は精一杯の笑顔で話しているはずなのに、その言葉たちは涙のせいで途切れ途切れでした。

彼女は、

うん、大丈夫ですよ。」
と言い、優しく微笑みながら涙をふき続けてくれました。

手術室まで数分ですが、とてもとても長く感じました。

涙の止まらない私のすぐ横で、麻酔科の先生が声をかけながら左手の甲に血管注射をいれ、マスクのようなものが口にあてがわれて、意識が遠のくその時に、私は知ったのです。

私は、本当は、心の底から手術に怯えていたのだと……。 
                                        image[1]syuzyutu

今、痛みや苦しみそして不安な日々をおくっている人々が、怯えるこのとない日常が1日でも早く来ますようにと、心から願い、祈ります。

東北地方太平洋沖地震により被災された皆様、そのご家族の方々に対し、心よりお見舞い申し上げます。

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病気  | コメント : 7

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